こんにちは、君島です。
日頃の設計業務で当り前の様に使っている用語や仕様について、改めて考えてみようと思います。
今回は、「床」について調べてみました。
16年前に出版された本の中に“なるほど”と思える内容を見つけることができましたので紹介します。

どこにコストを掛けるべき?

どこにコストを掛けるべきか。家作りを考える上で、必ず直面する問題です。
この本は「日本建築の生命は床にあり」の見出しから始まります。
結論から申しますと、「建築はローコストであればあるほど床が大切である」と書かれています。
理由は、「多く人に触れる場所だから」です。

「室内の壁と床のどちらに重点をおくか。答えはもちろん床です。」

本の中の例を挙げれば、
「破れた障子に青々とした畳の家」と「張りたての障子にボロ畳が波うつ家」と
どちらを選ぶか。
破れた障子に青々とした畳の家」だと言います。
理由は、
「破れた障子は目をつむることもできますが、ボロ畳は目をつむっても脚からチクチクとくる上に、波うつ床に寝ころんでも落ち着かないから。」

これは私も体験し、且つ、今もその真っ最中なので、なるほどと思う所でした。
築30年以上の賃貸RCマンションに住み、畳敷きの部屋を寝床に
している私は、カーペットを敷きチクチクとした感触は免れているものの
たわみきった床に布団を敷いても、寝心地はすこぶる最悪です。

(改修依頼したいが、物が増えて片づけが大変だし、
生活中に工事が入るのもなにかと面倒だし、
引っ越しの選択もあるが費用がかかるし、いつまで辛抱すれば……)

この「床と壁の選択」には合点がいきました。
他にも昔からの日本独自の歴史的背景や信仰も深くかかわっているようです。

床の歴史

『戦前はもちろん戦後も十数年は、農家の子は裸足で小学校に通っていたそうで、履物といえばワラジですが、汚れ具合は、裸足といい勝負で、学校の昇降口には足洗い場が付いていた』そうです。日本は、床座の生活の為、家に上がるには履物をぬぐことが習慣の文化であります。

(戦後72年が経ち21世紀となった現在でも、設計図に“足洗い場”などと記述して、この用語を使っています。不思議と特に違和感はありませんね……)

さらにさかのぼり、古代の神社にまで行きつくと、神々のいる山の麓に依代となる柱を一本立て、その周囲の草木を取り除き、地ならしのうえ、きれいな石を敷き詰めさらにケモノ侵入防止の柵を回したとあります。
このことから、床は周囲から区画され平らで清浄な神聖な場所であると読み取れるそうです。
このような歴史的背景が受け継がれ現在の習慣に至っています。

最後に

冒頭の壁か床か…… これを、壁と天井に置きかえると
答えは、「」と想像がつきます。なぜなら、人の体が触れる部分を優先に考えるからです。

住み良さを求め、ローコストで住宅を考える場合、「人が触れる」場所に優先的にコストを掛けること。コスト調整をする際の参考になれば幸いです。

『出典:天下無双の建築学入門』